義務教育の「残念なプログラミング授業」、現役エンジニアが危惧

2020年度から小学校でプログラミング教育が必修になる。プログラミング教育を取り入れた新しい教科書の検定結果も、文部科学省が2019年3月26日に公表するなど、全国の学校での導入準備が進んでいる。世界と比べ大きく出遅れているという日本のプログラミング教育を推進し、どうやってこれから必要な人材を育て、日本の産業を発展させていくのか、現役のITエンジニアたちの言葉をヒントに探ってみた。

プログラミング教育は大変革を迎えている

 2020年度から小学校で必修になるプログラミング教育の準備が最終段階に入っている。しかし、全国レベルで見ると、指導者や無線LANといったICT環境の整備が、まだまだ十分とはいえない学校や地域も多い。

 学校側の苦労が垣間見えるが、実は子どものプログラミング教育は目新しいものではない。世界を見れば、子どものプログラミング教育は1970年代から始まっていて、日本では1989年に中学校で「情報基礎」が選択科目になった。だが選択制だったこともあり、学校によっては学ぶ時間が少ない、科目の設定がないなど、対応にはばらつきがあったようである。

 その後、パソコンや携帯電話の普及で、生活環境はどんどんデジタル化していき、情報に対する知識がもっと必要ではないかということで、1998年に中学校では技術・家庭科で「情報とコンピュータ」が必修に、高校は普通科で「情報」が必修科目になった。

 さらにSNSやIoTへと時代の変化は著しく、IT産業がこれからの社会経済の発展に不可欠となっていった。中学校では2008年から、これまでの技術・家庭科内のプログラミング授業を子どもたちがもっと実用的に活用できる内容にしたものが先行的に行われ、4年後の2012年に「プログラムによる計測・制御」が完全実施となった。

 さらに政府は「日本再興戦略2016」で小学校でのプログラミング教育必修化を掲げ、これからの時代に対応できるIT人材の育成を義務教育段階から行うことを明示。それを受けた文部科学省が2017年2月、小学校の学習指導要領案に盛り込んだものである。

 今後は、2021年に中学校、2022年は高校の授業でも教科書を一新し、さらに高度なプログラミング教育の必修化を予定、大学入試も関わってくるという。

無難にプログラミングに触れた2020年度からの教科書

小学生に対するプログラミング教育は、必修化案が出た当初からコミュニケーション能力が十分に発達していない子どもをパソコンの前に座らせて行う授業に抵抗感のある大人が多く、さまざまな場面で有識者が集まり議論が行われてきた。

 その結果、小学校で学ぶべきは、実用的なプログラミング言語ではなく、情報活用の基本的な能力や論理的思考力を育むことを狙いとする「プログラミング的思考」と位置付けられた。また、授業も独自カリキュラムを持つ教科にするのではなく、既存の算数や理科といった教科に盛り込み、プログラミングを学ぶ機会を設けるとしている。

そんなプログラミング教育が盛り込まれた2020年度からの小学生が使う教科書が、文部科学省から2019年3月26日に検定結果とともに公表された。

 検定に合格した教科書のほとんどは文部科学省の新学習指導要領が例示する課題が掲載され、“触り程度”に落ち着いたという内容が新聞などのメディアで報じられていた。

 小学生のプログラミング教育の第一歩という点では、例示を取り上げるのは無難だが、そこから「プログラミング的思考」をどうやって深めていくのかは、各学校や先生の力量次第ということだ。だが、冒頭にも述べた通り、そこまで授業を組み立てる力のある先生が全国の学校に何人いるのか、という課題はクリアしていない。

現役エンジニアが疑問視する
プログラミング教育の内容

「子どもたちの興味や関心の向きはさまざま。一律できちんと授業内容を理解させることは通常の授業でも難しいと思います。小学校のプログラミング教育は情報活用の基本的な能力や論理的思考力を育むことが狙いだから、どの教科でも盛り込めるという考えが、そもそも論理的思考じゃない。『プログラミング的思考』という、何を教えるかが曖昧な授業を、プログラミングの経験のない先生が子ども全員に対して均質に行うことは無理な話です」

 検索エンジンの開発を行うNさんは、小学校のプログラミング教育に懐疑的だ。

 プログラミング教育に不慣れな先生をサポートする「ICT支援員」制度が設けられてはいるものの、授業にはパッケージ化された教材が用いられるのが現実的だろう。しかしそれでは、プログラミングに通じる論理的思考力が養われるのかが懸念される。

「今行われている授業に、プログラミング教材を加えましたというだけなら中途半端。本気で将来IT業界で役立つ人材育成を目指すなら、民間から専門の講師を招いてでも、単独の教科にしたほうがいい」とNさんは言う。

 金融系のネットワークエンジニアのSさんもNさんと同じ意見だが、「マジでプログラミングを教えるといっても、いわゆるテキストを並べるコーディングの知識は小学生には不要ですね。厳密にはプログラミングとはいえないかもしれないけれど、簡単な操作でプログラミングができる『スクラッチ』のようなビジュアルプログラミング言語だったら、子どもでも基礎が理解できて、教育的価値があると思う」と言う。

「スクラッチ」はマサチューセッツ工科大学メディアラボが開発し、無料で利用できる子ども向けビジュアルプログラミング言語だ。40以上の言語に対応し、150以上の国や地域で利用されているワールドワイドなコミュニティーを持つプログラミング環境で、人気が高い。

子どもに楽しんでもらえるプログラミング教育とは?

ビジュアルプログラミング言語は、「スクラッチ」以外でも「ビスケット」や「Hour Of Code」など、国内外で数多く開発されており、そのほとんどが子どものプログラミング教育を目的に作られている。

スクラッチの入門書の代表といわれる『小学生からはじめるわくわくプログラミング』シリーズは累計で12万部のヒット教本(右)「スクラッチ」の開発者が新しい教育論としてまとめた『ライフロング・キンダーガーテン』は2018年の発売以降好調に部数を伸ばし、中国や韓国でも出版され豊かなプログラミング教育に共感が広がっている(左)

「プログラミングは一発でOKというのはまれで、面倒な作業です。ほとんどの子どもは、タイピングの途中で放り投げちゃうと思う。だから、ビジュアルプログラミング言語がいいと思います。やっていることは、プログラマー思考の同じ作業でも、面倒なタイピングの必要はない。例えば『スクラッチ』なら、移動させたい文字列や画像を簡単にマウスでドラッグ&ドロップさせながら、画面のネコをいじりまくっているうちに、『こうすると、こうなる』の作業を繰り返していく。教えなくても論理的思考ができるようになるのではないかと思う」とSさん。

 2020年度から始まる小学生のプログラミング教育が義務教育として定着するには、もう少し時間がかかりそうだが、世界に目を向けると、子どもがワクワクするようなプログラミング教育があふれている。中でもユニークなのは、「詩」を使った理数系の想像力を育む指導だ。

『THE POETRY OF SCIENCE』の子ども用。教師向けもある。想像力あふれる詩で理工系の世界へ子どもたちを誘うコンセプトがアメリカの学校や理数系教育団体で評価されている

『THE POETRY OF SCIENCE』というテキストには、化学・工学・数学など理数系の分野を「宇宙」、「環境」、「計算」といった子どもがイメージできる章にして、78人の詩人がそれぞれの章に関係する「詩」を作り、全部で248篇収められている。これを「金曜日には詩を読もう」という学校活動の中で利用しているそうだ。

 このテキストの著者の1人、テキサス女子大学教授のシルビア・バーデルは、決まりのない詩の世界は、子どもの理工系教育と相性がいいという。テキストの中にはコンピューターの章もあるが、まさにその通りというように、指先で学ぶだけでは分からない自由なコンピューターの世界があふれていた。

言語を操ることだけを学ぶことは残念な結果に

日本では、いきなりそこまでの飛躍は難しいのが現状だが、想像力の大切さは教える大人が最も理解しておかなければならないと、現役のエンジニアたちも強調していた。プログラミングでは、言語を使いこなせるのと同じくらいに重要なのは、「自分がどの分野で、どんなサービスを作りたいか」という目的を考えることである。

 プログラミングの言語は主要なものでも30以上あり、目的によって使用される言語が異なっている。ウェブサイトを作りたい、スマホのアプリ開発をしたい、統計学に利用されるような高度な計算がしたい、といった目的を達成させるために適した言語が開発されているのだ。それがさらに進化し、新しい言語が生まれる可能性もある。プログラミング言語を覚えても、それで実現するモノやサービスがイメージできなければ、残念なスキルになってしまうだろう。

 教える側がその関係を理解して、だから「プログラミングには想像力が必要」だということを含めた「プログラミング的思考」を小学生に分かりやすく伝える教育が望ましい。

 子どもたちが将来、みんなプログラミングを必要とする職業に就くわけではないが、何ができるかを考えることは、変化する社会のどこにいても新しい価値を見つけることにつながっていくはずだ。

 そして、日本をもっと稼げる国にしたいなら小学校のプログラミング授業は、楽しんで学ぶ場にすることも大事だろう。

 子どものクリエイティブな伸びしろは、成績よりも態度から表れてくる。子どもたちの素直な好奇心に障壁を作るような点数評価を持ち込んで、彼らの未来の可能性を妨げてはいけない。

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